記憶に残る匂い

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きっと誰でもある匂いで思い出す記憶というものがあるのではないかと思います。

金木犀とか沈丁花は、その季節を感じさせてくれる匂いですよね。

ハンドソーンウェルテッドの靴づくりを経験されたことのある方は、きっとこの匂いは間違いなく記憶に残っているはずです。

松脂

そう、松脂ブレンドのワックス、通称「チャン」の匂いです。

靴の業界では、普通に「チャン」で通じるのですが、どうして松脂がチャンと呼ばれるようになったのか調べてみたところ、この業界の大先生である革靴職人さんによると、

靴作りに使われる「洋チャン」は、漢字で書くと「瀝青」と書き、chian turpentine の略なのだとか。

たしかにそう言われればそんな気もしますが、定かなところではありません。

ともあれ、この松脂ワックスは基本的には靴の職人自らが松脂と清製油をブレンドして作るもので、

松脂

こんなふうに鍋に入れて火にかけて、松脂を溶かしたところに油を入れて硬さを調整します。

この時に、松脂の独特な匂いが辺り一面に立ち込めるのですが、

駆け出しの頃には何をどうしたら良いのかわからない戸惑いがあり、少し慣れてくると思い通りに靴が作れない悔しさがあり、

私の場合は独立して間もないころはどんなふうに商売をして行ったらよいのか全く分からなくて迷いに迷ったという思い出があって、

この松脂の匂いは、そんな頃の不安な気持ちを思い出させてくれたりします。

この匂いは、慣れないととっても苦痛に感じるかもしれません。

何と言ったらよいのでしょうか、何かに例えることができない独特の匂いです。

そんな松脂ワックスは、真夏と真冬では外気温の違いから硬さを変える必要があり、その時期に最適な硬さに仕上げるにはそれなりの経験、もしくは勘が必要になります。

それでも、同じことを20年もやっていると嫌でも勘が良くなるようで、最近は一発でベストな松脂ワックスを調合できるようになりました。

 

この松脂ワックスは、上の方でご紹介したように革で包んだ状態で麻糸にこすりつけて、

その松脂ワックスの付いた糸を布でこすって溶かしながら内部へ染み込ませると同時に糸を締め、そして表面にビーズワックスを塗ってウェルティング、もしくはソールスティッチング(だし縫い)の糸になります。

松脂のワックスを作るのは、私の場合は2か月に1度くらいの割合なのでさほど面倒な作業ではありませんが、

糸作りは1足につき2本必要で、1足分を作るのに20分くらいかかります。

ひたすら糸に向かって黙々と力の要る作業をするので、作業としてはかなり厳しいものです。

松脂ワックスの付いた糸を布でこするときにも、松脂が解けてあの匂いがします。

きっとこの匂いがすると辛くて大変だった思い出ばかりが蘇ってくるかもしれませんが、

それはそれである意味楽しい思い出になっているかもしれません。

 

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